甲状腺とは
甲状腺は、首の喉仏の下あたりに位置する蝶々のような形をした小さな臓器です。この甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、体のエネルギー代謝を調節し、細胞の新陳代謝を活発にするなど、私たちが日々元気に活動するために欠かせない重要な役割を担っています。
甲状腺ホルモンの分泌が不足したり過剰になったりすると、全身に様々な症状が現れ、心身の不調につながることがあります。甲状腺の病気は、他の病気と症状が似ているため、誤診されるケースも少なくありません。そのため、漠然とした体調不良を感じる場合でも、甲状腺の専門的な知識を持つ医師による診察が重要です。
甲状腺疾患の症状チェックリスト
以下のような症状に心当たりがある方は、甲状腺の機能異常が隠れている可能性があります。3つ以上当てはまる場合や、症状が長く続いている場合は、一度甲状腺の検査をお勧めいたします。
甲状腺機能低下症が疑われる症状
- 無気力・だるい、疲れやすい
- 寒がりになった、冷えやすい
- むくみやすい(特に顔や手足)
- 体重が増えた
- 便秘がち
- 動作が緩慢になった、記憶力低下
- 声がかすれる(嗄声)
- 月経の異常
- コレステロール値が高い
甲状腺機能亢進症が疑われる症状
- 動悸がする、脈が速い
- 暑がりになった、汗をかきやすい
- 体重が減少した(食欲があるのに)
- 手の震えがある
- イライラしやすい、落ち着きがない
- 目の症状(眼球突出、まぶたの腫れなど)
- 排便回数の増加(便が軟らかくなる)
- 月経の異常
その他、甲状腺疾患でみられる症状
- 首の腫れやしこり、痛み
当院の甲状腺検査について
甲状腺の病気は、症状だけでは診断が難しいため、正確な検査が必要です。当院では、甲状腺の状態を詳細に把握するために、以下の検査を行っています。
- 血液検査
甲状腺ホルモンと、それを調節する脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血中濃度を調べます。
• 遊離トリヨードサイロニン: 最終的にホルモンとして体内で働く量を測り、甲状腺ホルモンの全身への作用の程度を調べます。
• 遊離サイロキシン: 甲状腺から分泌されるホルモンのほとんどを占める遊離サイロキシンの量を測り、甲状腺のホルモン合成能力を調べます。
• 甲状腺刺激ホルモン: 脳下垂体から分泌され、甲状腺を刺激してホルモン分泌を増やす作用があります。血液中の甲状腺ホルモン量に応じて分泌が調節されるため、甲状腺ホルモンの過不足を知る上で非常に重要です。特に、軽度の甲状腺機能異常を早期に発見するためには、甲状腺刺激ホルモンの測定が不可欠です。
• その他、甲状腺自己抗体などの検査も行い、自己免疫性の甲状腺疾患(バセドウ病や橋本病)の有無を確認します。 - 甲状腺超音波検査(甲状腺エコー検査)
超音波を使って、甲状腺の大きさ、腫瘍(しこり)の有無、リンパ節の腫れ、内部の血流や炎症の様子を調べます。
• 検査のやり方: 仰向けに寝た状態で、首にゼリーを塗り、エコープローブを当てて検査を行います。
• 所要時間: 約10分程度です。
• 注意点: 首元が開きやすい服装でお越しいただき、ネックレスなどの装飾品は外してください。食事制限は必要ありません。
• 痛みについて: 基本的に痛みはありません。
この検査で疑われる主な病気
甲状腺ホルモンや超音波検査の結果から、以下のような病気が疑われます。
- 甲状腺機能亢進症(バセドウ病など): 甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気です。動悸、体重減少、目の症状などが特徴です。
- 甲状腺機能低下症(橋本病、粘液水腫など): 甲状腺ホルモンの作用が低下する病気です。無気力、疲労感、むくみなどが特徴です。橋本病は自己免疫性甲状腺炎で、甲状腺機能低下症の最も多い原因です。私自身も橋本病で治療をしています。
- 甲状腺炎(亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎など): 甲状腺に炎症が起こり、腫れや痛み、発熱を伴うことがあります。一過性のものであることが多いですが、慢性化して治療が必要となる場合もあります。
- 甲状腺腫瘍(良性・悪性): 甲状腺にしこりができる病気です。約90%は良性ですが、中には悪性(甲状腺がん)の場合もあります。通常しこり以外の症状はないことが多いですが、大きくなると首の違和感や圧迫感、飲み込みにくさを感じることもあります。血液検査だけでは腫瘍の有無はわかりませんが、超音波検査によって発見が可能です。
検査結果で異常値が見られたら
検査結果で甲状腺機能亢進症または甲状腺機能低下症が疑われる場合は、その原因をさらに詳しく調べ、治療の必要性を判断します。血液検査だけでなく、超音波などの画像診断が追加で必要になることもあります。
甲状腺の機能異常は、内分泌系の病気の中でも多く見られます。患者様一人ひとりの状態に合わせた適切な治療方針を、医師が丁寧にご説明し、長期にわたる治療が必要となることが多い慢性疾患だからこそ、患者様との信頼関係を大切に、継続的な経過観察と治療を行ってまいります。
必要に応じて、隈病院や入院機能のある専門病院(兵庫県立はりま姫路総合医療センター、姫路赤十字病院など)、高次機能医療機関へのご紹介も行っております。
妊娠と甲状腺疾患の関係
甲状腺機能異常は、妊娠・出産に影響を与えることがあります。甲状腺ホルモンが多すぎたり少なすぎたりすると、流産、早産、妊娠高血圧症候群などのリスクが高まる可能性があり、胎児への影響も考慮する必要があります。
しかし、「甲状腺の病気だと子どもができない」というのは誤解です。適切な治療を受け、妊娠中に甲状腺ホルモンの状態が正常に保たれていれば、健康な方と変わらず無事に赤ちゃんを産むことができます。
- 妊娠前の計画: バセドウ病の方の場合、甲状腺機能が正常になってから妊娠することが推奨されます。
- 妊娠中の薬の服用: 甲状腺ホルモン薬は、適量を服用している限り、妊娠中や授乳中でも安心して飲めます。抗甲状腺薬についても、胎児への影響を考慮し、種類や量を調整しながら治療を継続します。
- 出産後のケア: 出産後も甲状腺機能が一時的に悪化したり、新たな甲状腺機能異常が起こることがあります。定期的な検査と継続的な経過観察が重要です。
- 新生児への影響: 母親の自己抗体により、ごくまれに新生児バセドウ病が起こることがありますが、一時的なもので自然に治ることがほとんどです。専門医、新生児科医、小児科医との連携が重要となります。
日常生活での注意点
甲状腺疾患の治療と合わせて、日常生活でも以下の点に注意することで、症状の安定に役立つ場合があります。
- 食事(ヨウ素摂取): 甲状腺機能低下症の場合、一般的に特別な食事制限は必要ありませんが、ヨウ素の過剰摂取が原因で甲状腺に炎症が起きている場合は、海藻類などヨウ素を多く含む食品を避ける必要があります。
- ライフスタイル: 適切な睡眠、運動、禁煙などの生活習慣の改善が有効とされています。
- ストレス: ストレスが甲状腺機能低下症の直接の原因となるわけではありません。しかし、うつ状態など精神的ストレスが甲状腺刺激ホルモンの分泌に影響を与える場合もありますので、心身のバランスを整えることも大切です。
- 定期的な検査: 症状がなくても、半年ごとの血液検査や年に一度のエコー検査など、定期的な検査で早期発見・早期対応を行うことが重要です。
ご自身の甲状腺の状態についてご不安な点がございましたら、お気軽にご相談ください。